東京高等裁判所 昭和41年(う)386号 判決 1968年6月12日
主文
本件各控訴を棄却する。
当審における訴訟費用中証人小島安信、同春日井秀雄、同実川博、同内田雄三に支給した分は被告人荒木由太郎、証人河野通夫に支給した分は被告人田中勝治の各負担とする。
理由
本件控訴の趣意は検察官河井信太郎作成の被告人田中勝治外四名に対する控訴趣意書、弁護人黒沢長登作成の被告人荒木由太郎に対する控訴趣意書、弁護人黒沢長登、同大塚喜一郎共同作成の同被告人に対する控訴趣意書(補充)、弁護人司波実作成の被告人田中勝治に対する控訴趣意書、弁護人佐藤章、同荻原静夫共同作成の被告人柳原兼作、同河野通夫、同星野花吉に対する控訴趣意書、弁護人宮島優作成の被告人山崎徳松に対する控訴趣意書各記載のとおりであり、検察官の控訴の趣意に対する答弁は弁護人佐藤章、同荻原静夫、同大森実厚共同作成の答弁書、弁護人らの控訴の趣意に対する答弁は検察官塚谷悟、同赤沢正司各作成の答弁書あるいは答弁要旨合計四通各記載のとおりであるからこれを引用し、これに対し当裁判所は次のとおり判断する。
黒沢弁護人の控訴趣意第一点について。
所論は、被告人荒木としては、当時都議会議員の選挙を控えていたので、都の外郭団体から寄付につき特に慎重を期していたため、本件の金五〇〇万円が東京都競馬株式会社(以下競馬会社という。)からの出金ではなく被告人久保田栄(当時同会社々長)個人の出損であることを被告人建部順に確かめたうえ受領したものであつて、もちろん同会社からの出金であることは毛頭知らなかつたものである、これと異なる判断を示した原判決は畢竟虚無の証拠によつて事実を認定したものであり、理由不備の違法を免れないと主張する。よつて、原判決挙示の各証拠および当審における事実取調の結果を総合して次のとおり当裁判所の判断を示すこととする。
一、本件事案の基礎となるべき賃貸料問題および京浜二区埋立権譲渡陳情問題は競馬会社にとつては年来の課題であり、久保田社長更迭問題は、都理事者がすでに同社長の三選に同意してその旨競馬会社に通知し、同会社においては、昭和三八年二月二八日開催の定時株主総会に社長三選の議題を提案する手続を了していた関係上同会社の重要問題であつたことはもちろんである。そして、代々木森林公園予定地の一部をNHK放送センター敷地として割譲するといういわゆるNHK問題は、すでに政府に対し割譲了承の内諾を回答した都理事者として、何としても同年度第一回定例都議会の終了までに議会側の了承を得なければならない緊急課題であつたものであるが、直接同会社と関係を生じたわけではなく、原判決が指摘するように、被告人荒木が本件の課程においてことさらこの問題にからめてしきりに久保田社長退陣の要求を続けて来たことが看取される。
二、久保田が被告人建部から話のあつた五〇〇万円につき、昭和三八年二月二六日午前競馬会社において取締役総務部長藤原賢吉、取締役経理部長足立昇三ら常勤役員数名を集めて協議した結果、被告人荒木は選挙を控えて金が欲しいと思われるから現に賃貸料問題や埋立権譲渡陳情問題をかかえている会社としても、もし被告人荒木の要求に応じない場合には同人の言動、性格から考えて、同人は社長退陣問題はもちろんその他の問題でもどのような妨害をはかり、議事を紛糾させるかも知れないので、この際斡旋者である建部の顔も立てて同人に渡る分も含めて要求の五〇〇万円を右両名に出して会社の利益を守らなければならないこと、地方選挙を控えているので正式に会社からの政治献金はできないから一応久保田社長が立替えて出捐し選挙後会社で補顛することの話合いが、成立し、久保田もこれに従い一応個人で金員を調達することとなつた経緯が認められる(久保田検察官面前調書(昭和三八年六月二四日付三〇項ないし三七項)、足立昇三同調書(第四、五項)、高橋文男同調書(昭和三八年六月一一日付第一〇項以下および同月二六日付第九項以下)、藤原賢吉同調書第五項)。
三、金額が五〇〇万円という大金であり、これまで久保田が個人として議長や幹事長に寄付した前例はなく、またこの選挙資金を久保田個人が負担しなければならない理由が見当らない。
四、被告人荒木と久保田との間柄は、相互間に個人的に金員の授受、貸借の行われた事例はなかつたのである。
五、本件五〇〇万円調達方法がそのころ子会社の大井興業株式会社から自民党に献金した五〇〇万円の場合と同様であることが認められる。
すなわち、久保田は、昭和三八年二月二七日、同人名義の競馬会社株式を担保に株式会社日本勧業銀行有楽町支店から七〇〇万円を借受け、このうち五〇〇万円を建部に渡したのであるが、そのころ、自民党本部から競馬会社に寄付の申入れのあつた五〇〇万円につき、公職選挙法の関係から大井興業株式会社において寄付することになつたところ、この五〇〇万円も久保田の持株を担保に株式会社三井銀行木挽町支店から借受けるという方法により調達したのである。そして、同年五月二七日競馬会社の裏預金である高橋次男名義の右勧銀有楽町支店の普通預金口座から二四万円を払戻して同銀行同支店から借入れた前記七〇〇万円および右三井銀行木挽町支店から借用の前記五〇〇万円の利息の支払に充当しているのである。(原審証人足立昇三の証言、久保田の検察官面前調書((昭和三八年六月二四日付三五項、三六項)))。
右の諸点を含め原判決が(証拠の標目と、主要な争点についての判示の補足説明)第六の二、五百万円の贈収賄および公職選挙法違反についての項(原判決書五〇頁六行以下)において説示するところを併せ考えれば、本件五〇〇万円は競馬会社から被告人荒木らに寄付したものであつて表面上久保田個人から出金したことにしておいたに過ぎないのであり、被告人荒木も同会社からの寄付であることを知りながら原判示第六の二記載のとおりこれを収受したものであるといわなければならない。
右認定に牴触する論旨指摘の被告人荒木、久保田および建部の各供述は関係証拠と比照し信用することができない。
以上のとおりであるから原判決が虚無の証拠によつて事実を認定したとか、原判決に理由不備の違法があるとの論旨は採用の限りでない。論旨は理由がない。
同控訴趣意第二点について。
所論は、被告人荒木は、京浜二区埋立権譲渡陳情問題について久保田からは単なる儀礼的訪問を受けたのに過ぎないから、原判決が認定するような趣旨で五〇〇万円を収受したのではない、原判決は虚無の証拠によつて事実を認定したものであり、理由不備の違法を免れないと主張する。
よつて按ずるに、関係証拠によれば、競馬会社から昭和三七年一一月二二日都議会議長宛に提出された埋立権譲渡についての申請書が、同年一二月一三日住宅港湾委員会に付託されて昭和三八年一月二三日および同年三月五日右委員会の審議が行われたのであるが、同月九日陳情取下勧告の決定に基づき同月一一日競馬会社が右陳情を取下げたこと、昭和三七年一一月下旬ころ久保田が議員控室に被告人荒木を訪問したことが認められるから、右久保田の訪問は前記陳情案件が当時都議会において審議中であつたことが明らかである。しかして、右久保田の訪問の状況について、被告人荒木は、「久保田社長が都議会の自由民主党の議員控室に私を訪ね、京浜二区の埋立権譲渡についての請願書類を持つて来て、『京浜二区を都から払下げを受け、そこを埋立てて後楽園遊園地のような子供の遊び場を作りたいから埋立権の譲渡が受けられるように力になつて貰いたい、会社は今までは競馬場だけを経営して来たが、定款の中には遊園地を経営することもうたわれているのです。』という意味の話がありました。」と述べている(同被告人の昭和三八年六月二七日および同月二八日付検察官面前調書)。
ところで、競馬会社にとつて、年来の宿願である遊園地事業の経営に必要な敷地、しかも競馬場に近く価格の安い土地を早期に入手して早く着手することが競馬会社当局者らの希望であつたことはもちろんであり、本件陳情書提出の前後から会社側としてはこれを重要事項であるとして都の関係部局や都議会の関係議員を順次歴訪して陳情に及んでいること、ことに港湾行政について一見識を有していたとされている住宅港湾委員の糟谷磯平議員を前後三回にわたつて訪問陳情に及んでいることが認められるので、会社側の本件陳情に対する関心の度合いは相当深刻のものがあつたといわなければならない。また、被告人荒木が久保田の陳情を儀礼的挨拶と思つたとしても、同被告人もかつては港湾委員会の副委員長を勤めたこともあつて本件埋立権問題については一応の知識はもつていたものと認められる。右認定の諸事情に照せば、久保田の被告人荒木に対する訪問を論旨のように単なる挨拶廻りの意味しかなかつたものとして看過するわけにはいかない。
次に被告人荒木は、久保田から建部に渡された本件五〇〇万円について賃貸料問題に関する趣旨をも含むものであることを知つていたというのであるから(同被告人の昭和三八年七月一日付検察官面前調書)、このことは本件金員が会社問題について都議会議員で与党幹事長である同被告人の尽力を依頼するものであることを認識したことを意味するから、当然久保田が陳情に来たことのある埋立権問題のことに想到し、ここにも本件金員供与の趣旨の存したことを認識したものと認むるを相当とする。
以上のとおりであるから原判決が虚無の証拠によつて事実を認定したとか、原判決に理由不備の違法があるとの論旨は排斥を免れない。論旨は理由がない。
同控訴趣意第三点について。
所論は、被告人荒木は幹事長に就任後都議会内で賃料引下げの持論を展開すべき機会は十分あつたのであるが、自重してその挙に出なかつたものである。本件収賄の趣旨として賃貸料問題の件を認定した原判決は証拠の取捨判断を誤り事実を誤認したものであり、理由不備の違法があると主張する。
なるほど、被告人荒木が賃貸料引下げの持論を抱懐していたこと、議員総会、幹事会、幹事長会および本会議における議員活動として賃貸料引下げ論を主張したという証拠の認められないことは論旨指摘のとおりである。
しかし、関係証拠ことに原審証人鈴木俊一、同足立昇三の各証言によれば、被告人荒木は東京都議会自由民主党幹事長に就任した昭和三七年八月以降においてもその持論を折にふれては都理事者側に強調し、理事者側から久保田はじめ会社幹部らにこれが伝わり会社側でもその対策について考慮していたこと、昭和三八年二月二二日「婦志多」における鈴木副知事の招宴の席上被告人荒木が同副知事に対し賃貸料引下げの必要性を説き、建部が審議会を設けることを提案していること、右「婦志多」における同じ機会に被告人荒木が久保田と会見した別れ際に、賃貸料が高過ぎるぞとの捨台詞を残してその場を立去つていること、その際被告人荒木は「婦志多」の別席で鈴木副知事に対し久保田社長更迭問題、賃貸料問題に言及し同副知事が困惑したこと、建部が仲に入り被告人荒木が建部に対しこれらの問題の解決を一任したことが認められる。
原判決が本件収賄の趣旨として賃貸料問題に関する点を認めたのは相当であり、原判決に証拠の取捨判断を誤つて事実を誤認したとか理由不備の違法は見当らない。論旨は理由がない。
次に所論は、被告人荒木の検察官に対する昭和三八年七月一日付供述調書第二項第三項の供述記載は信用性がないと主張するが関係証拠と比照し右調書を仔細に検討してもその信用性を疑うべきものは見当らないから、論旨は採用することができない。
同控訴趣意第四点について。
所論は、NHK問題および久保田社長退陣問題の経緯に関する原判決の認定には審理不尽に基づく事実誤認があると主張する。
よつて、審按するに、原判決挙示の各証拠ことに原審における証人鈴木俊一、同日比野七郎、久保田の各供述、建部順の検察官面前調書(昭和三八年六月二八日付)、久保田の検察官面前調書(同月二四日付三〇項ないし三七項)を総合すれば、被告人荒木は久保田の社長三選の時期が近ずいた昭和三八年二月ころから久保田三選反対をとなえていたこと、そのころ都議会与党の幹事長である被告人荒木はその立場を利用し、鈴木副知事、日比野財務局長および建部に対し、いわゆるNHK問題を全然関係のない久保田社長三選反対にことさらにからめて、久保田社長は更迭すべきである、この問題が解決しなければNHK問題には協力しない旨言明していたことが認められる。
論旨は、久保田が自発的に辞意を表明する以外に社長三選阻止の方法はないものと判断し直接同人に会い辞意の有無を確めようとしたに過ぎないと主張するが、原審における久保田の供述に徴すれば所論のいうような情況であつたとは認められない。
所論に鑑み記録を精査しても原判決に審理不尽に基づく事実誤認の廉はないから論旨は理由がない。
黒沢、大塚両弁護人の控訴趣意第五点について。
所論は、原判決は原判示第六の被告人荒木を含む贈収賄、公職選挙法違反の罪の擬律において判例違反ないし憲法違反の誤りを犯していると主張する。
よつて按ずるに、所論引用の恐喝に関する最高裁判所、大審院判例は事案を異にし本件に適切でないから採用しない。
次に、論旨は本件につき、収賄の意思の成立を認定すれば、公職選挙法違反の意思は阻却され、逆に後者を認定すれば前者を阻却すべき筋合であると主張するが、原判決も説示するように収賄の意思と公職選挙法違反の意思とは必ずしも二律背反の関係にあるとは限らず別個の法律的評価に値するものというべく、本件収賄の罪と公職選挙法違反の罪とを一個の行為で両罪名にあたる場合として、これに刑法第五四条第一項前段を適用した原判決に法令適用の誤りはない。論旨は理由がない。
進んで憲法違反の論旨につき按ずるに、憲法第三九条後段が一般に一事不再理の措置を定めたものと解せられることはまことに所論のとおりであるが、本件は原判決が指摘するように原判示第六の事実について収賄の罪と公職選挙法違反の罪を認め刑法第五四条第一項前段、第十条により右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるとし、一罪として重い収賄の罪の刑により処断したものであつて一事不再理の場合に該当せず、憲法第三九条後段の規定に違反するものではないから論旨は理由がない。
同控訴趣意第六点について。
所論は、原判決は被告人荒木の職務権限の事実認定について理由不備の違法があると主張する。
よつて按ずるに、被告人荒木は昭和二六年四月三〇日から昭和四〇年六月の都議会解散に至るまで東京都議会議員、都議会自由民主党幹事長の職にあるほか、都議会の議決により設置されたオリンピツク東京大会準備協議会、同会実行委員会のメンバーでもあり、都議会議員としては、議案の審議、表決等の職務に従事し、右幹事長としては同党所属都議会議員の意見調整を図る任務をもつていたものであつて、本件五〇〇万円の収受が右同被告人の職務に関してなされたことは証拠上明らかであるといわなければならない。
原判決に論旨指摘のような理由不備の違法はないから論旨は理由がない。
(以下省略)
よつて、刑事訴訟法第三九六条により本件各控訴を棄却し、当審における訴訟費用の負担につき同法第一八一条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。